城一覧

日本全国の城を知ることができる一覧表
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五稜郭(ごりょうかく)
北海道函館市に建造された星形の城郭。函館(箱館)開港に伴い、防衛力強化のために江戸幕府の命により建造された。ヨーロッパの稜堡式の築城様式を一部採用し、5つの突角を有する星形の郭を有する。高さ約5メートルの土塁がめぐり、石垣や堀も良好に残っている。
弘前城(ひろさきじょう)
青森県弘前市にあった城で、江戸時代に建造された天守や櫓などが現存しており、希少価値の極めて高い城である。江戸時代には弘前藩津軽氏の居城として、津軽地方の政治経済の中心地となった。司馬遼太郎が日本七名城の一つと紹介したことでも知られる。
米沢城(よねざわじょう)
山形県米沢市の市街地中心部にあった城。戦国時代には伊達氏の本拠地として栄え、伊達政宗の出生した城でもある。江戸時代には米沢藩の藩庁として、上杉景勝らが居住した。明治維新後に廃城となったが、本丸にあった上杉謙信を祀る御堂が移築され現存している。
仙台城(せんだいじょう)
宮城県仙台市の青葉山にあった城で、別名「青葉城」とも呼ばれる。青葉山の断崖と蛇行する広瀬川の急流に守られた天然の要害であった。1601年に伊達政宗が築城してから約270年に渡り、伊達氏の居城であり、仙台藩の藩庁とされた。
会津若松城(あいづわかまつじょう)
福島県会津若松市にあった城で、地元では鶴ヶ城と呼ばれている。蒲生氏郷の居住時代に近世城郭と城下町が整備された。戊辰戦争では、会津藩が旧幕府勢力の中心と見なされ、新政府軍の仇敵となったことで戦渦に巻き込まれる。篭城戦の最中に起きた白虎隊の悲劇の舞台としても知れれている。
江戸城(えどじょう)
東京都千代田区にあった城で、現在は皇居として利用されている。徳川家康が入城するまでは、比較的小規模で質素な城であった。江戸幕府の幕開けにより、大規模な増築・改築が行われ、日本有数の城となる。石垣を多用した近代城郭であり、関東では他に小田原城にしか見られない。
小田原城(おだわらじょう)
神奈川県小田原市にあった城。外郭で城下町全体を囲んだ総構えが特徴的であった。戦国時代には、北条氏の居城として栄えた。上杉謙信や武田信玄からの幾度の攻撃に耐え、難攻不落の小田原城と称された。
新発田城(しばたじょう)
新潟県新発田市にあった城。江戸時代の城郭建築が現存している。石垣がすき間なくかみ合うようにきちんと積まれる「切込はぎ」と呼ばれる美観を重視した技法が特徴。天守閣の代わりを果たしていた三階櫓は、三匹の鯱を配するという独特の櫓である。
金沢城(かなざわじょう)
石川県金沢市にあった城。加賀百万石大名と呼ばれた前田利家の居城であった。雪国特有の海鼠壁が使われ、屋根に白い鉛瓦が葺かれた外観が特徴である。日本三名園の一つである兼六園は、金沢城に付属して作られた大名庭園である。
松本城(まつもとじょう)
長野県松本市にあった城。戦国時代に建造された天守が現存しており、稀少価値が極めて高く、国宝にも指定されている。家康の懐刀といわれた石川数正の入城した後に、天守を始め、城郭、城下町の整備が行われた。
岐阜城(ぎふじょう)
岐阜市の金華山(稲葉山)にあった城で稲葉山城とも呼ばれる。織田信長が、天下取りの意と天下のもとになる丘という意で、城と城下町を岐阜と改名したことでも知られる。信長が没した後に、徳川家康によって廃城される。
駿府城(すんぷじょう)
静岡市にあった城で、府中城や静岡城とも呼ばれる。徳川家康が大御所として江戸から駿府に隠居したときに天下普請によって大改築された。家康が没するまで、東海道の要衝である駿府は、江戸と並ぶ政治経済の中心地として大いに栄えた。
名古屋城(なごやじょう)
愛知県名古屋市にあった城で、金鯱城や金城とも呼ばれる。大坂城、熊本城とともに日本三名城に並び称され、大天守に上げられた金の鯱は、城だけでなく名古屋の象徴にもなっている。築城後は、徳川御三家の一つでもある尾張徳川家の居城として利用された。
彦根城(ひこねじょう)
滋賀県彦根市にあった城。江戸時代に建造された天守が現存しており、現存天守のある国宝四城の一つに数えられる。現存例の少ない倭城築城の技法である「登り石垣」が良好な形で保存されている。江戸幕府の大老である井伊直弼がこの城下で過ごしたことでも知られている。。
二条城(にじょうじょう)
京都市にあった城。江戸幕府の始まりである将軍宣下と終焉である大政奉還が行われた場所であり、徳川江戸幕府の歴史を伝える城である。桃山文化の粋が結集されている城であり、二の丸御殿が国宝に指定されている。
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大坂城(おおさかじょう)
大阪市中央区にあった城。豊臣秀吉によって築かれ、豊臣氏の居城及び政権の本拠地となったが、大坂夏の陣で豊臣氏滅亡とともに焼失した。徳川政権時代に再建され、幕府の西日本支配の拠点となった。姫路城、熊本城と共に日本三名城の一つに数えられている。
姫路城(ひめじじょう)
兵庫県姫路市にあった城。江戸時代初期に建てられた天守や櫓等の主要建築物が現存しており、国宝として指定されている。またユネスコの世界遺産にも登録されている。白漆喰で塗られた城壁の美しさから白鷺城とも呼ばれる。
赤穂城(あこうじょう)
兵庫県赤穂市にあった城で、忠臣蔵で有名な城である。城郭の縄張りは甲州流軍学によるもので非常に珍しいものである。城の構造は戦さを強く意識しており、複雑に折れ曲がる石垣や角度を違える諸門が特徴である。
和歌山城(わかやまじょう)
和歌山市にあった城。徳川御三家の一つ紀州徳川家の居城であった。江戸時代初期には、幕府から謀反の嫌疑をかけられるほどの城の大改修と城下町の拡張が行われた。名君と呼ばれる江戸幕府八代将軍の徳川吉宗の出生した城でもある。
岡山城(おかやまじょう)
岡山市にあった城。黒漆塗の下見板が特徴的で、その外観から烏城(うじょう)とも呼ばれる。隣接する大名庭園の後楽園は、日本三名園として称されている。戦国時代には、宇喜多直家が多くの商人を呼び寄せ、城下町の整備を行ったことで大いに栄えた。
広島城(ひろしまじょう)
広島市にあった城で鯉城(りじょう)とも呼ばれる。中国地方の大名であった毛利輝元が、海上交易路である瀬戸内の水運が生かすための拠点として築城した。当時、豊臣政権の中心であった大坂城と規模の面でも匹敵するものだったと言われている。
高知城(こうちじょう)
高知市にあった城。土佐藩初代藩主である山内一豊が築いた城である。廃城令や第二次世界大戦による戦禍を免れ、江戸時代に建造された天守や御殿などの建造物が現存している。南北に千鳥破風、東西には唐破風をつけた安土桃山時代から江戸時代初期の様式が特徴である。
福岡城(ふくおかじょう)
福岡市中央区にあった城。関ヶ原の戦いで功績をあげた黒田長政が築城し、その規模は九州一であった。本丸に天守台はあったが、城があまり壮大なため、幕府に遠慮して天守閣して築かなかったと言われている。築城の際に、この地を「福岡」と改めたとされている。
熊本城(くまもとじょう)
熊本市にあった城で、日本三名城の一つとされている。別名「銀杏城(ぎんなんじょう)」とも呼ばれている。戦国時代から江戸初期にかけて、大名である加藤清正によって大規模な増改築が行われた。一大名の城としては日本一であると評されている。
首里城(しゅりじょう)
沖縄県那覇市にあった城。琉球王朝の王城で、かつて海外貿易の拠点であった那覇港を見下ろすことができる丘陵地に築かれた。中国の城の影響を大きく受けており、門や建築物は漆で朱塗りされるなど、他の日本の城とは異なった独特の特徴を持つ。
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